症状の改善と
回復力の違いとは?
このシリーズの最後に、いちばん大事なことを書きます。
症状が消えることと、回復力が戻ることは、同じではありません。
同じだと思われている方が、とても多いのです。
そして、そのせいで長く遠回りをしておられる方も、同じくらい多い。
私は現場で、この取り違えを何度も見てきました。
痛みは、結果である
まず、症状というものの位置を確かめておきます。
痛みや重さは、それ自体が問題なのではありません。
体が今どういう状況に置かれているかの、お知らせです。
第2回から第4回まで、順に書いてきました。
そういう状況が続いた結果として、どこかが痛くなる。
つまり痛みは、原因ではなく、いちばん最後に出てくるものです。
ここが大事なところです。
いちばん最後に出てきたものは、いちばん先に消えることがあります。
消えても、条件は変わっていない
痛みは、いろいろな方法で消えます。
薬でも消えます。
強く揉んでも、一時的には軽くなることもあるでしょう。
体が慣れてしまって、感じなくなることもあります。
季節が変わるだけで、なんとなく楽になることもあります。
どれも、悪いことではありません。
つらいものが軽くなるのは、それだけで意味があります。
ただ、そこで終わりにすると、何が起きるか。
体の置かれている状況は、そのまま残ります。
足元は、ずれたままです。
くるぶしの真下に重さが落ちていなければ、倒れないための小さな立て直しは、痛みが消えたあとも続きます。
ふくらはぎが踏ん張り、腰が引き戻し、首の後ろが頭を吊り上げる。
痛みが消えたのは、その知らせが届かなくなったからであって、踏ん張りが終わったからではありません。
息は、上で続いたままです。
胴体の前側が詰まっていれば、横隔膜には降りる場所がありません。
肩と首で胸を持ち上げる呼吸が、一日に二万回近く続きます。
そして体には、「まだ場面は終わっていない」という報告が上がり続けます。
顎は、締まったままです。
目と、顎と、後頭部。
見張るための三つのスイッチが入ったままなら、体は構えを解きません。
痛みの有無とは関係なく、警戒だけが続きます。
お知らせだけが止まった状態です。
そして条件が変わっていなければ、また同じところに出てきます。
半年後か、一年後か。
あるいは、別の場所に出てくることもあります。
これを繰り返しておられる方に、私は何度もお会いしてきました。
その方が悪いのではありません。
痛みが消えたら終わりだ、と考えるのは、ごく自然なことです。
ただ、消えることを目標にすると、消えた時点で行動が止まります。
そして条件が残っている限り、また戻ってきます。
このループを抜けるには、目標を変える必要があります。
崩れないことではなく、戻ること
では、何を目標にするのか。
私は、崩れないことではないと考えています。
崩れない体というものは、ありません。
働けば疲れますし、気を張れば固まります。
長く座れば詰まりますし、心配事があれば眠りは浅くなります。
生きているのだから、当然です。
大事なのは、そのあとです。
崩れたあと、どれくらいで本来の状態に戻れるか。
疲れた翌日に、だいたい戻っている体と、三日たっても抜けないままの体があります。
気を張ったあと、家に着いたらゆるむ体と、寝るまで固まったままの体があります。
同じように疲れていても、戻り方が違います。
この戻る速さと幅を、私は回復力と呼んでいます。
第1回に書いたことと、ここでつながります。
回復力は、鍛えて増やすものではなく、もともとあるものです。
ただ、働けない状況に置かれていると、戻れなくなってしまいます。
だから目標は、崩れないことではなく、本来の状態に戻れる体でいることです。
回復力が戻ってきたときの、目印
これは症状のように、はっきり見えるものではありません。
ただ、いくつか目印があります。
私が見ているのは、この四つです。
ひとつ、疲れの抜け方が変わる。
疲れなくなるのではありません。
疲れたあと、戻るまでの時間が短くなります。
夕方まで持たなかった体が、夕方まで持つようになる。
翌日に持ち越していたものが、その日のうちに抜けるようになる。
疲れる量ではなく、抜ける速さのほうが先に変わります。
ふたつ、体の変化に気づけるようになる。
これは、意外に思われるかもしれません。
回復力が戻ってくると、以前より体の違和感に気づくようになる方がおられます。
長く力が入り続けている体は、その力に気づけなくなっています。
第1回でも、第4回でも書きました。
だから、気づけるようになるというのは、感覚が戻ってきているということです。
不調が増えたわけではありません。
より見えるようになっただけです。
みっつ、力を抜けるようになる。
抜こうと思って抜けるという意味ではありません。
座れば座ったなり、横になれば横になったなりに、体が自分で力みを手放していく。
よっつ、各回の観察の結果が、変わってくる。
このシリーズでは、毎回ひとつ、その場で確かめられることを書いてきました。
もう一度、同じことをやってみてください。
第2回の、前後に揺れてふくらはぎが張らずに済む位置を探すもの。
以前より、見つけやすくなっているでしょうか。
第3回の、みぞおちとへその下に手を当てるもの。
下の手は、動くようになっているでしょうか。
第4回の、上下の歯。
今、最初から離れているでしょうか。
この三つは、症状とは別の場所にある指標です。
痛みが変わらなくても、ここが変わっていることがあります。
逆に、痛みが消えていても、ここが何も変わっていないことがあります。
四つが出てくると、私は、この方はもう大丈夫だろうと考えます。
症状がまだ少し残っていても、です。
逆に、症状だけがきれいに消えていて、この四つが変わっていないときは、まだ途中だと考えます。
今、確かめてみてください
最後の観察は、その場でできることではありません。
数日かけて、見ていただくものです。
これから一週間、一日の終わりに、ひとつだけ思い出してみてください。
今日、いちばん疲れた場面はどこだったか。
そして今、それが残っているか、もう抜けているか。
それだけです。
記録しなくてかまいません。
一週間続けると、自分の戻り方の癖が、なんとなく見えてきます。
疲れてもその日のうちに抜けている場面と、翌日まで持ち越している場面があります。
その違いが見えたら、それが、ご自身の体の手がかりになります。
何も見えなくても、かまいません。
気づけるようになること自体が、戻ってきた印のひとつですから。
治すのは、体である
シリーズの最初に書いたことを、もう一度書いて終わりにします。
体を治しているのは、体です。
私は、誰かの体を治したことは一度もありません。
していることは、その方の体が本来やろうとしていることの、邪魔になっているものを外すこと。
それだけです。
足元を収める。
息が下りる場所をつくる。
見張りを下げる。
どれも、足す仕事ではなく、引く作業、外す仕事です。
外し終えたあと、実際に体を戻していくのは、その方自身の力です。
そして、その力は、はじめからその方のなかにあります。
私はそれを、信じています。
戻れる体に、していく
のむら整骨院では、症状を消すことを終わりとは考えていません。
その方の体が、崩れたあとに自分で戻ってこられる状態を目指しています。
よくなったと思ったらまた戻る、という繰り返しが続いているなら、それは体が弱いからではありません。
本来の状態に戻るための条件が、まだ整っていないだけかもしれないのです。
今の体がどうなっているのか、まず確かめるところからで大丈夫です。
一度ご相談いただければと思います。
のむら整骨院 院長 ![]()





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院長 野村晃生(のむら あきお)
柔道整復師/臨床歴20年以上
自律神経のはたらきを軸に、
身体が安心できる『整える施術』を大切にしています。





