筋肉の本当の柔らかさとは?
「ずいぶん柔らかくなりましたね」と言われた。
その日は、たしかに軽くなった気がした。
けれど数日すると、また元に戻っている。
そういうお話も、当院ではよく伺います。
前回、揉んでもらってもすぐ戻るのはなぜか、というお話をしました。
今回はその続きとして、「柔らかい」という言葉について、少し立ち止まってみたいと思います。
やわらかくなること自体は、悪いことではありません。
ただ、同じ「柔らかい」に見えても、中身がまったく違うことがあります。
そこを取り違えると、良くしているつもりで、質を落としてしまうことがあるのです。
本来の柔らかさには、張力がある
何も問題のない組織は、本来、とても柔らかいものです。
体は細胞の集まりですから、余計なものがなければ、ふわっとして柔らかい。
わかりやすいのは、赤ちゃんの体です。
ぷにぷにと柔らかいのに、抱き上げるとどこかしっかりしている。
力が抜けきってはいません。
これは、柔らかさの中に「張力」があるからです。
ただ柔らかいのではなく、張りをたたえたまま柔らかい。
これが、本来の状態です。
大人の体も、目指すところはここです。
硬さを取ることがゴールなのではなく、張力のある柔らかさに戻していくこと。
当院がみているのは、そちらです。
「緩んだ」は、柔らかさとは違う
一方で、力が抜けきって、ぺろんとした状態があります。
押すと、手応えなくへたっと沈む。
張りがありません。
これは「緩んだ」状態であって、柔らかさとは別のものです。
状態の悪い体を強く刺激すると、その場では力が抜けて、ぺろんと柔らかくなることがあります。
ご本人は「緩んだ」と感じますし、まわりもそう見えます。
けれど、体にとっては、これはむしろ良くない状態です。
なぜなら、体に溜まっている不要なものや、傷んだ組織が残ったままでも、緩ませることはできてしまうからです。
中の状態は変わっていないのに、表面だけが緩んでいる。
これでは、質の悪い柔らかさをつくっているだけなのです。
「柔らかくなればいい」と「緩めばいい」を同じことだと思ってしまうと、この取り違えが起こります。
やわらかいのは良いことです。
でも、それが張力を失った緩みであってはいけない。
ここが、なかなか区別のつきにくいところです。
筋力をつければ痛みが取れる、とはかぎらない
もうひとつ、よく取り違えられることがあります。
「筋力が足りないから痛むのだ」という考え方です。
膝が痛い。
膝まわりの筋力がない。だから鍛える。
一見すると、筋の通った話に見えます。
けれど、赤ちゃんは筋力があるから動いているわけではありません。
張力があるから、あの体で立ち、歩こうとします。
筋力で動いているのではないのです。
もちろん、筋力が必要な場面はあります。
ただ、「筋力さえつければ何とかなる」という話ではありません。
量はあるのに、うまく力の出せない体、というものが実際にあります。
分厚くてボリュームはあるのに、質が落ちている。
中で線維が切れ、癒着が重なり、うまく伸び縮みできない。
そういう筋肉は、鍛えても、思うようには働いてくれません。
痛みの元が質の低下にあるなら、まず戻すべきは質のほうです。
その順番を飛ばして負荷をかけると、かえって傷が増えていくこともあります。
「整った」と、私たちが呼ぶ状態
ですから、当院で目指しているのは、ただ柔らかくすることでも、ただ緩めることでもありません。
張力を保ったまま、柔らかい。
中の状態が癒えて、本来の質に戻っている。
この状態を、私は「整った」と呼んでいます。
強く押して緩ませれば、その場は楽になることもあるかもしれません。
けれど、それは戻ります。前回お話しした通りです。
質が戻っていなければ、柔らかさは続かないのです。
大人の体で、完全にこの状態を保っている人は、ほとんどいません。
長年、無理を重ねてきていますから、それは当たり前です。
だからこそ、少しずつ、本来の質に近づけていくことに意味があります。
「柔らかくなったのに、すぐ戻る」を繰り返してきた方こそ、一度、体の状態そのものをみせていただきたいと思います。
それが張力のある柔らかさなのか、緩んだだけなのか。
診させていただければわかります。
ご予約・ご相談は、お気軽にどうぞ。
次回は、筋肉は「動かすためだけの器官ではない」というお話をします。
のむら整骨院 院長 ![]()




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野村晃生(のむら あきお)
柔道整復師
臨床歴20年以上
延べ1万人以上の施術経験
武道やさまざまなスポーツを通して、
身体の使い方や力の抜き方を探究。
その経験は、
「身体の声を聴く施術」
に生きています。





